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岡山ディステネーションキャンパーン期間内(2016/春)に走った列車

2016/秋以降に走った列車

みまさかノスタルジー(金川~野々口)

撮影:花江さん

ノスタルジー:H28年春の岡山DCに合わせキハ47-47とキ1036を改造した観光列車で、期間中津山線を「みまさかノスタルジー」として毎週土日に2往復しました。改造内容は昭和3~40年代の車両をコンセプトに外観を朱とクリームの国鉄形塗装。内部は座席を青色のモケットに張り替え、テーブルに栓抜きを設置等。運行時には、様々なおもてなしをおこないました。運行はこちらでした

ノスタルジーが運転されました

みまさかノスタルジー

みまさかノスタルジー 花江さん

ノスタルジー 手立(野々口~牧山)

みまさかノスタルジー  花江さん

吉備之国漫遊ノスタルジー

吉備之国漫遊ノスタルジー

サンライズ琴平さん撮影

車内の様子

JNR表記の扇風機
窓向きテーブル席

背もたれはもう少し上がいいかな

県北観光地の中吊り広告
471036  岡山快速色時代

ことぶき色時のキハ47-1036

28春 DC時快速運用

3935Dで運用(土曜日)中のノスタルジー(亀甲駅)

津山出区 959D

957Dでの運用にむけ出場するノスタルジー(津山駅)

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DC後のノスタルジー車両
DC後のノスタルジー
ステッカー入り車両
ステッカー無車両

撮影:岡本さん

・岡山DC終了と共に、『観光列車』の看板は外れ、JR西日本の観光列車のサイトからは一度は削除されましたが、再掲されています。28年秋の、みまさかスローライフ列車の運行には、ノスタルジー色に塗装されたキハ40 2134が増結され3両編成で運転されました。(2016.11.30訂補)ところで、このステッカー入りの車両、鉄道ファンの間では賛否両論。「名前が残ってよかった。」、「ヘッドマークに比べしょぼい。ない方がいい。」どちらでしょうか?

キハ40のノスタルジー車両
キハ40 2134 ノスタルジー
津山線普通運用 キハ40 2134

952Dの津山方につくキハ40 2134

キハ40 2134テーブル・栓抜き

窓の下のテーブルと栓抜き

キハ40 2134 シートモケット

シートのモケットは青

​・秋の臨時列車案内で、「みまさかスローライフ列車」が、ノスタルジー色3両編成で運転されると公表され、下関総合車両所に入場していた,岡山気動車区所属のキハ40 2134が「ノスタルジー」塗装となって2016(平成28)年9月23日(金)に,岡山まで配給輸送されました。(岡山気動車区 10月1日)10月以降は、津山線のキハ40の運用列車で就役しています。2016/10記

この項、2021/5/31追記

気動車の塗色

​気動車は、1950年代になり、液体式変速機搭載した気動車(後のキハ10系)が開発されて、総括制御ができるようになり、長編成の客車列車の代替が可能になり、非電化区間の路線に普及していくことになりました。

​・キハ10系に当初採用されたのは、旧標準色と呼ばれた 青+クリーム色(青4号+黄褐色2号)のものでした。

・その後、1950年代終盤には、赤+クリーム(朱色4号+クリーム4号)新標準色となります。

・1976年には、首都圏の車両が朱色5号一色の「首都圏色」となったことを皮切りに、全国に広まっていきました。

​・1977年から登場した、キハ40系は、この首都圏色ででした。

​その色の変遷は、大糸線で2010年3月に運行されたキハ52、3両編成の「キハ52ありがとう号」列車の写真で見ることができます。

大糸線3両.jpg

糸魚川 赤野さん提供

​2016年登場の、ノスタルジーは、新標準色に塗られたものということになります。

​1987年にJR化されて以降、地域毎の塗色(地域色)が展開されました(地域色展開事例は、こちらから)が、JR西日本管内では、2009年度から、効率化の為​朱色5号の首都圏色化されています。(キハ120の鋼製車200番台も同様)

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